そのようなことまでも、口へ出してはいいかねて黙って歩いた。
「こうして見ると広い土地だね、荒れていることもずいぶん荒れてるけれど、これで人が住んでいた村のあとだとはちょっと思えないね。」
「本当にね。ずいぶんひどい荒れ方だわ。こんなにもなるものですかねえ。」
「ああ、なるだろうね、もうずいぶん長い間の事だから。しかし、こんなにひどくなっていようとは思わなかったね。なんでも、ここは実にいい土地だったんだそうだよ。田でも畑でも肥料などは施らなくても、普通より多く収穫があるくらいだった、というからね。ごらん、そら、そこらの土を見たって、真黒ないい土らしいじゃないか。」
「そういえばそうね。」
私は土手を匐うように低く生えた笹の葉の緑色を珍らしく見ながらそういった。この先の見透しもつかないような広い土地――今はこうして枯れ葦に領されたこの広い土地――に、かつてはどれだけの生きものがはぐくまれたであろう。人も草木も鳥も虫もすべての者が。だが、今はそれ等のすべてが奪われてしまったのだ。そして土地は衰え果ててもとのままに横たわっている。
「なぜこのように広い、その豊饒な土地をこんなに惨めに殺したものだろう?」
もとのままの土地ならば、この広い土地いっぱいに、春が来れば菜の花が咲きこぼれるのであろう。麦も青く芽ぐむに相違ない。秋になれば稲の穂が豊かな実りを見せるに相違ない。そうしてすべての生きものは、しあわせな朝夕をこの土地で送れるのだ。それだのに、何故、その豊かな土地を、わざわざ多くの金をかけて、人手を借りて、こんな廃地にしなければならなかったのだろう?
それは、私がこの土地のことについての話を聞いた最初に持った疑問であった。そして、私はその疑問に対する多くの答を聞いている。しかし現在この広い土地を見ては、やはり、そのような答えよりも最初の疑問がまず頭をもたげ出すのであった。
歩いていく土手の道の内側の処々に、土手と並んで僅かな畑がある。先に歩いていく男は振り返りながら、
「こういう処はもと人家のあった跡なのですよ。」
と思い出したように教えてくれる。もとは、この土地に住んでいた村民の一人だというその男は、この情ないような居村の跡に対しても、別段に何の感じもそそられないような無神経な顔をして、ずっと前にこの土地の問題が世間にかれこれいわれた時のことなどをポツリポツリ話し
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