ない。もうしかし一年も間をおいたように思われるのだ。何でもいい早く上京したい。行ってみんな話してやる、本当のことをみんな話そう、N先生にしろ、光郎にしろ、自分の話はきっと解ってくれるに違いない。東京に行きさえすれば――そうだ、行きさえすればきっと…………
登志子は目を据えてついたときのことをいろいろに想像してみた。ただ彼女の気持ちをときどき不快にするのは、光郎との恋のためばかりに家出した、と思われることだった。彼女は何となしにそれについて自分にまで弁解がましいことを考えていた。けれどもそれも一つの動力になっていると思えば、そんなことはもう考えていられなくなって今日にも行くようにしたいのだった。
登志子はからっぽになったところに、はやく行きたいという矢も楯もたまらない気持がたった一ついっぱいに拡がった、いつにないたのしい気持ちで為替の面をじっと見つめながら、鏡を出して頭髪にさしたピンを一本一本ぬいていった。
底本:「伊藤野枝全集 上」學藝書林
1970(昭和45)年3月31日第1刷発行
1986(昭和61)年11月25日第4刷発行
※「結婚した」は底本では、改行1字
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