急ぎ足に来て声掛けた男がある、さっきの田島だ。
「登志さんでしょう、今着いたの、御卒業でおめでとう」
今ここで思いがけない田島にこうした辞を述べられようとは予期しなかった。田島は去年高師を卒業してここの師範に赴任した。その人がまだ高師にいた間、登志子は兄さん兄さんと彼を何かにつけて頼りにしていた。たまには登志子の所を訪ねてきては後れた英語や数学を教えてくれたりした。しかし彼が帰省して女子師範に出るようになってからは、便りもとかく田島の方から不精にしていつかとだえ勝ちになってしまった。その登志子がようやく卒業して帰ってきたのを知らずに、この停車場で偶然に会ったのだ。偶然とはいいながら今彼に会ったことは登志子は何よりもうれしかった。何となく話したら自分の方に同情してくれる人だという気がする。しかし登志子は何もいうことが出来なかった。何かいったらいっぱいにたまった涙が溢れそうだ。安子が見ている。田島は何もしらない。それに田島の生徒は皆、自分等とはずっと飛びはなれた風姿をした女学生らしい登志子や前の方に行くまき子を、目をみはって眺めながらぞろぞろ歩いていく。登志子は何といっていいか分らない。
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