に打たれながら心の中でかう叫んだ。まことに彼女の受けたなみ/\ならぬ圧迫と苦闘を思ひその透徹せる主張と不屈なる自信とまた絶倫の勇気と精力に思ひ到るとき云ひしれぬ悲壮な痛烈な感に打たれる。そして自分達のそれに思ひくらべるとき其処に大いなる懸隔を見出す。そしてまだ/\自分達の苦悶はなまぬるくそして圧迫は軽い。自分達はまだ苦痛のどん底までは行き得ないでゐる。まだ本当につきつめた自分をば見出し得ないでゐる。あらゆる精神上のまた肉体上の苦痛を噛みしめて戦ふ所まで行き得ないでゐる。まだ殻の中でまご/\してゐるのだ。殻を噛み破つて飛び出さないではゐられないまでの凄い程真実な要求をもつまでに成長してはゐないのだと云ふやうな事柄がハツキリと解つて来る。自分のやうな意気地のないともすれば妥協を欲するやうな者はもつと酷い圧迫を受け制裁を加へられてあらゆる苦悶を舐《な》めさせられる機会でも与へられなければとてもあのやうな立派な生活は出来ないだらう。自分は自分達のやつてゐるある小さな仕事を発展させる為めにも各自の内部生活を確立させなければならない。その前に先づ尊い自己の内部生命を生み出す苦痛を忍ばねばならない。まだ自分達はやつとこの頃意識が動き出したばかりだ。この時にあたつて自分はゴルドマンの如き婦人を先覚者として見出し得たことを限なく嬉しくなつかしく思ふ。そして自分はこの尊敬すべき婦人の熱誠をこめたこの書を凡《すべ》ての若き姉妹達の机上に捧げたいと思ふ。

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この書に収めたエレン・ケイの小伝は『恋愛と結婚』の序文でらいてう氏の手に訳されたものをそのまゝ拝借したのです。私のこの小さないとなみに心からの同情をもつていろいろ助力下すつたことを感謝いたします。またエレン・ケイの写真は宮田脩氏がお貸し下すつたものです。同氏にも深く感謝いたします。
私のこの仕事はまたTによつて完成されたものであることを私は忘れません。もし私の傍にTがゐなかつたら、とても私のまづしい語学の力では完成されなかつたでせう。この事は特にハツキリとお断りいたして置きます。
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   一千九百十四年三月
[#地から1字上げ]染井にて 野枝



底本:「定本 伊藤野枝全集 第四巻 翻訳」學藝書林
   2000(平成12)年12月15日初版発行
※ルビを新仮名遣いとする扱いは、底本通
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