一に、多くの人達によって意識的に、あるいは無意識的に待ちかまえられている私の別居が実現されたときに、当然になされるはずのいろいろなせんさく[#「せんさく」に傍点]から、大杉さんの事が必ず問題になるだろうということを考えないではいられませんでした。私の大杉さんに対する気持が、まだはっきりしないうちに、世間の人達によってつまらないことをいわれるということは、私にはとても耐えられないことでした。それで、私はその気持がきまらないうちは、別居ということは実行が出来ないだろうと思いました。けれどもまた私は、そういう気持を抱きながら毎日顔をつき合わしているということにも、苦痛を感ぜずにはいられませんでした。私はその二つの苦痛から同時に逃れようとしました。しかしそれにはあまりいろいろな情実が隙間なくからみついていました。それ等のすべてを同時に断ち切るというようなことをして後悔をするようなことは、なるべくしまいとして、出来るだけきれいに処置をつけてゆきたいということが、また私の自身に対する望みでした。自分にも、ボンヤリしたような、曖昧なことは決してないようにしたい、無理をしまいと思いました。けれども私のこの自身の本来のねがいが、私の中にいつの間にかはいっていた多分な世間というものに対する、功利的な見得のために妨げられがちでした。この二つのものの争いは、最後まで続きました。それを一々書くことはたいへんですからここで端折ります。この間ちょっとお話ししましたように、それをことごとくを発表する機会を待っていますから。

     三

 私がその苦痛に耐え得なくなってから、その中から抜けようと決心しましたときには、私の気持がだんだん大杉さんに傾いてくるほど、私の世間に対する虚栄心が大きくなってくる事に気がつきました。しかし私は、その虚栄心を見すかされるということが、またたまらなく厭なことでした。私はそこで大変ずるいことを考えました。といって、その時は自分でそれがずるい考えだと意識した訳ではけっしてないのですが、今考えてみますとやはりずるいのです。
 辻や、それから家庭の人たちに、たとえ大杉さんと私の接触が直接の動機であるにしても、そのために私が無慈悲な家庭破壊をするものとは思われたくなかったのです。実際またそれは、私にとっては非常に迷惑なことに違いないのです。なぜなら、私と辻との結合にもし何のすき[#「すき」に傍点]もなかったら、必ず私はそのような誘惑を感ぜずにすんだのでしょう。しかし、私が真直ぐにそのような行為をしようものなら、そこまで深く考えてくれるような人は多分幾人もないだろうということを、私は知りすぎていました。そして私が、大杉さんに対して持つものが本当に単純なフレンドシップでしたら、私はそれほどその事を気にしないでいられたのかもしれません。
 けれども少し注意して自分の気持を追いつめてゆきますと、ぶっつかった事実を、ただ冗談にしてしまうことは出来ないのでした。そのために、もし正直に私のその気持を進めてゆけば、恋愛のために今までの生活をただ何の反省もなく打破したものだと見られなければなりませんでした。そしてそれは、私には大変いやなことでした。なぜなら私はそれに向って、新しい恋愛のために、今までの生活をこわすことが、どうしていけない事だと反省し得るほど、その恋愛に向って熱情も自信も持ちませんでしたから。そうして、それどころか、私はその恋愛を拒絶するということの努力をしていましたから。それにまだ、もう一つ、今まで一年間そのために苦しんだということが、まるで無視されて、ただ私一人のわがまま勝手から、そのような無情な真似をすると思われるのは、私にとってはどう考えても残念でたまりませんでした。それで私は、たとえどうなろうとも、辻との別居を実行するには、どうしても大杉さんの私に持つ愛も拒み、私が大杉さんに対して持つ愛をも捨てなければなりませんでした。これは、私にとって非常につらい事でした。けれども私は、ひとりになって長い間私の望んでいた知的欲求の満足にすがれば、きっと私はまた自分だけの道をひらき得ると思いました。そうしてそれが最も私の歩くに自然な道だと思いました。私は種々な方面からその自分の決心に念を押して後、いよいよそうすることに決めました。そうして私は、その私の決心を話すつもりで大杉さんに会いました。
 第一に会いましたときには、私はその決心はどうしても通るものとして、通さねばならぬものとして、それ以上の用意をせずに行きました。しかし前にも申しましたように、この、私の大杉さんに対する態度は私の本来のものでない、非常に種々なものによって、いじめられて出来た態度でしたので、大杉さんに会うと同時にその決心はすっかりくずれてしまいました。それでも、私のまだいろ
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