のすき[#「すき」に傍点]もなかったら、必ず私はそのような誘惑を感ぜずにすんだのでしょう。しかし、私が真直ぐにそのような行為をしようものなら、そこまで深く考えてくれるような人は多分幾人もないだろうということを、私は知りすぎていました。そして私が、大杉さんに対して持つものが本当に単純なフレンドシップでしたら、私はそれほどその事を気にしないでいられたのかもしれません。
けれども少し注意して自分の気持を追いつめてゆきますと、ぶっつかった事実を、ただ冗談にしてしまうことは出来ないのでした。そのために、もし正直に私のその気持を進めてゆけば、恋愛のために今までの生活をただ何の反省もなく打破したものだと見られなければなりませんでした。そしてそれは、私には大変いやなことでした。なぜなら私はそれに向って、新しい恋愛のために、今までの生活をこわすことが、どうしていけない事だと反省し得るほど、その恋愛に向って熱情も自信も持ちませんでしたから。そうして、それどころか、私はその恋愛を拒絶するということの努力をしていましたから。それにまだ、もう一つ、今まで一年間そのために苦しんだということが、まるで無視されて、ただ私一人のわがまま勝手から、そのような無情な真似をすると思われるのは、私にとってはどう考えても残念でたまりませんでした。それで私は、たとえどうなろうとも、辻との別居を実行するには、どうしても大杉さんの私に持つ愛も拒み、私が大杉さんに対して持つ愛をも捨てなければなりませんでした。これは、私にとって非常につらい事でした。けれども私は、ひとりになって長い間私の望んでいた知的欲求の満足にすがれば、きっと私はまた自分だけの道をひらき得ると思いました。そうしてそれが最も私の歩くに自然な道だと思いました。私は種々な方面からその自分の決心に念を押して後、いよいよそうすることに決めました。そうして私は、その私の決心を話すつもりで大杉さんに会いました。
第一に会いましたときには、私はその決心はどうしても通るものとして、通さねばならぬものとして、それ以上の用意をせずに行きました。しかし前にも申しましたように、この、私の大杉さんに対する態度は私の本来のものでない、非常に種々なものによって、いじめられて出来た態度でしたので、大杉さんに会うと同時にその決心はすっかりくずれてしまいました。それでも、私のまだいろ
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