はそんな圭介の素振りを見て、何か心に覚悟を決めたらしく一分の隙もないきつとした顔を[#「顔を」は底本では「頭を」]見せてゐた。
 圭介はやがてみるみる狂気じみて、蘆屋の病院で死んだ。危篤の知らせで駈けつけたのは修一ひとり、無論本妻の計らひであつた。死に目に会ふことも許されない寿枝と楢雄は香櫨園の家でソハソハしながら、不安な気持のまま何か殺気立つてゐた。何時間かたち、楢雄は急に、
「さア、お母さん、こんなことしてても仕方がありません。活動でも見に行こやありませんか。」
 と、言つて起ち上つた。まあと寿枝は呆《あき》れたが、しかし瞬間母子の情が通つたと思ひ、だから叱らうとはしなかつた。
 修一は葬式を済ませて帰つて来ると、臨終の模様を語つた。圭介は息を引き取る前不思議にも一瞬正気になり、枕元に集つてゐる中で修一だけをわざと一歩進ませて、母の面倒はお前が見るんだぞと言ひ、その時窓に映つてゐた西日が落ちたさうである。
「それでお前は何と答へたんですか。」寿枝はわれながらもぢもぢ訊くと、
「はあと言ひましたよ」
 と修一は冷《ひやや》かに答へ、そして、ちらつと寿枝の頭を見ると、
「蘆屋の奥さんか
前へ 次へ
全41ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング