て、道子は涙を新たにした。
 やがて涙を拭いて、封筒の裏を見ると、佐藤正助とある。思いがけず男の人からの手紙であった。道子は何か胸が騒いだ。
 道子が姉のもとへ帰ってから、もう半年以上にもなるが、つひぞ[#「つひぞ」はママ]これ迄男の人から姉の所へ見舞いの手紙も、またくやみの手紙も来たことはなく、それが姉のさびしく清潔な生涯を悲しく裏書しているようで、道子はふっとせつなかったが、しかし姉が死んで三月も経った今、手紙を寄越して来たこの佐藤正助という人は一体誰だろうと、好奇心が起るというより、むしろ淋しかった。
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 随分永らく御無沙汰して申訳ありません。僕も愈よ来年は大学を卒業するというところまで漕ぎつけましたが、それに先立って、学徒海鷲を志願し、近く学窓を飛び立つことになりました。永い間苦学生としての生活を送って来た僕には、泳ぎつくように待たれた卒業でしたが、しかしいま学徒海鷲として飛び立つ喜びは、卒業以上の喜びです。恐らく生きて帰れないでしょう。従ってあなたにもお眼に掛れぬと思います。いつぞやあなたにお貸した鴎外の「即興詩人」の書物は、僕のかたみとして受け取って下
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