も女専みたいな上の学校、行きたいことあれへん。私《うち》かて働くわ。」という道子を無理矢理東京の女子専門学校の寄宿舎へ入れ、そして自分は生国魂《いくだま》神社の近くにあった家を畳んで、北畠のみすぼらしいアパートへ移り、洋裁学院の先生になったその日から、もう自分の若さも青春も忘れた顔であった。
 妹の学資は随分の額だのに、洋裁学院でくれる給料はお話にならぬくらい尠く、夜間部の授業を受け持ってみても追っつかなかった。朝、昼、晩の三部教授の受持の時間をすっかり済ませて、古雑布のようにみすぼらしいアパートに戻って来ると、喜美子は古綿を千切って捨てたようにくたくたに疲れていたが、それでも夜更くまで洋裁の仕立の賃仕事をした。月に三度の公休日にも映画ひとつ見ようとせず、お茶ひとつ飲みにも行かず、切り詰め切り詰めた一人暮しの中で、せっせと内職のミシンを踏み、急ぎの仕立の時には徹夜した。徹夜の朝には、誰よりも早く出勤した。
 そして、自分はみすぼらしい服装に甘んじながら、妹の卒業の日をまるで泳ぎつくように待っているうちに、さすがに無理がたたったのか、喜美子は水の引くようにみるみる痩せて行った。
「こんな
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