をつけて行った。
三郎は、
「うん」
という声も出ず、唇が真青になるくらい緊張して、ブルブルふるえる足で、次郎のうしろからついて行った。
針助はゆっくりした足取りで、戎《えびす》橋通を北へ真っ直ぐ、電車道へ出ると、地下鉄の入口の灯が夜光虫のように夜のとばりの中で、ひそかに光っている上本町六丁目行きの停留所の方へ、折れて行った。
停留所には十人ばかり客が列を作って、電車を待っていた。
針助はその一番うしろへ並んだ。
ひそかにつけていた次郎は、何くわぬ顔で針助のうしろへ立った。三郎はカチカチ歯を鳴らしながら、不安そうに次郎により添うた。
そして、そっと次郎の袖を引いて、
「兄ちゃん、掏摸になるのン、やめとけ!」
と、眼まぜで知らせたが、次郎は、
「…………」
だまって首を振って、じっと針助の袂をにらんでいた。
しかし、さすがに手は出せなかった。針助に隙がないのか、いや、次郎に勇気がないのだ。おまけに、袂へ手を入れるきっかけがない。
「今や、今や、手エ入れるんやったら、今や」
と、いたずらに頭の中で叫んでいたが、しかし、いくら掏摸になるんだとやぶれかぶれの覚悟をきめても、はじめての経験では、他人の袂に無断で手を突っ込むということは、よほど魔がささねば出来なかった。
悪の魔――次郎にはまだそれが訪れて来ないのだ。
ところが、やがて電車が来て、並んでいた人々が動き出し、針助も二三歩前へ進みかけた途端、次郎は何かあわてて、いきなり針助の体を押すように、ぺたりと背中へ自分の体をつけた。
その拍子に次郎の手が針助の袂に触れた。
「今や……」
次郎は眼の前がぽうっと霞んだ。そして何もかも無我夢中だったが、はっと気がつくと、
「こいつッ!」
と、針助の声を水のように浴びていた。
次郎の手は針助に握られていた。
「あっ!」
と、驚いたのは、次郎よりも三郎の方だった。
三郎はものも言わずに駈け出そうとした。
が、針助の手はいきなり伸びて三郎の首筋を掴んでしまった。
「お前もやな……?」
「…………」
「お前も来い!」
針助は次郎と三郎を両手でひきずるようにして、電車に乗せてしまった。
――咄嗟の間の出来事だった。
電車は案外混んでいなかった。
針助はあいた席を見つけて、次郎と三郎を自分の両脇に坐らせた。
次郎と三郎はそれぞれ片手を針助にぐっと握られながら、死んだようにぐんにゃりとなっていた。
日本橋筋一丁目を過ぎたのも知らなかった。
生魂《いくたま》の石の鳥居のある下寺町を過ぎたのも知らなかった。
下寺町の暗い焼跡の坂を、登って行くと、やがて電車は上本町六丁目に着いた。
「ここや」
針助は次郎と三郎をうながして、出口の方へ行くと、次郎をつかまえていた右手を離して、金を払おうとした。
「逃げるンやったら今や」
次郎ははじめて意識を取り戻して、そう呟いた。が、三郎を残して、自分ひとり逃げては、三郎は可哀想だと思って、じっとしていた。
そして、金を渡した針助が、再び次郎の手首を掴もうとすると、次郎の方から手を出したくらい、もう何もかも素直に諦めていた。
針助は電車を降りると上本町八丁目の方へ歩いて行った。七丁目の、もと停留所のあったところに、交番の灯が見えた。
「向うへ連れて行くんやな」
次郎と三郎はお互の青ざめた情けない顔を見合ったが、針助は黙々として、その前を通り過ぎた。交番の中では、若い少年巡査がきょとんとした眼で、こちらを見たが、べつに誰何しようともしなかった。
次郎と三郎はほっとした。そして、
「一体どこイ連れてゆくんやろ」
と思って引きずられて行くと、外語学校前を東へ折れ、四ツ辻まで来ると、南へ曲った。
そして半町も行った頃だろうか、門燈のあかりが鈍く点っているしもた家の前まで来ると、針助は立ち停った。
「ここや」
針助は袂から鍵を出して、玄関の戸をあけると、
「――はいれ」
家の中はひっそりとして、人の気配はなかった。針助の一人ぐらしの家らしい。
それがかえって、薄気味わるかった。
次郎と三郎は二階へ連れて行かれた。
そして、六畳の部屋へ入れられると、針助はカチッと錠をおろして、出て行った。
階下へ降りて行くらしい針助の足音を聴きながら、三郎はひそひそした声で言った。
「兄ちゃん、どないなるネやろなア」
「さアなア……」
「カンゴクへ行って、赤い著物著んならんか」
「サアなア……」
「母ちゃん今頃どないしてるやろなア」
「分ってるやないか。わいらの帰り待ってるにきまってる」
「母ちゃん心配してるやろなア」
「うん」
次郎は半泣きの声になっていた。
その時、階段を登る足音が聴えて、やがて針助がはいって来た。
はいって来た針助は、ブルブルふるえている次郎と
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