豹吉は叫んで、ズボンの中へ手を突っ込んだ。
そして、いきなり足を進めて、すっと警官の背中へ寄って行こうとした途端、闇市の中からやって来た一人の男が、
「兄貴!」
と、かけ寄って来た。
亀吉だった。
「兄貴、ほんまに殺生やぜ」
と、亀吉は口をとがらせた。
「――一体どこうろついてたんや。ほんまに探すのンに苦労したぜ」
「用事なら早く言え」
豹吉は警官に連れて行かれる雪子のうしろ姿を、気にしながら、いらいらした声で言った。
「兄貴、わいに千円くれるという約束やったな」
「うん。おれを驚かせたらなア」
「兄責、びっくりしなや」
亀吉はポケットから紙片を出して、豹吉に見せた。
「今夜十時中之島公園、図書館の前で待つ」
[#地から4字上げ]隼
[#ここから2字下げ]
豹吉へ
二伸 亀吉の二千円は掏らせて貰った。
悪く思うな。
[#ここで字下げ終わり]
豹吉はちらと眼を通すと、表情一つ変えずに言った。
「なんや、これは……」
「なんや、これは……いうて、済ましてるどころやないぜ、兄貴、これ読んで、びっくりせえへんのか」
「お前に千円やるのはまだ惜しいからな」
と、豹吉は笑った。
「ノンキやなア、兄貴は。これ、隼団からの果し状やぜ」
「判つてる。しかし、お前どうしてこれを……」
手に入れたのかと、きくと、亀吉は、
「知らん間にポケットへはいってたんや。その代り、あの復員軍人に返そう思てた二千円掏られてしもた」
「間抜けめ!」
と、豹吉はどなりつけたが、すぐ微笑して、
「――そやから、昼間ハナヤでお加代が云ったやろ。掏られんように気をつけろって……」
「あ、そやった!」
と、亀吉は頭を押えると、亀のようにすっと首が縮んだ。
豹吉は腕時計を見た。十時を三分過ぎていた。
「弱ったなア」
と、豹吉は呟いた。
「――雪子をたすけるか、中之島公園へ行こうか」
と、迷ったのだ。
出来れば、雪子をたすけたかった。しかし、いくら雪子が好きでも、青蛇団の豹吉ともあろうものが、女のことにかけて、果し状を怖がって逃げたと思われるのは、辛かった。
「臆病者だと思われるのはいやだ。それに、雪子の行先は、どうせ警察だと判ってるんだ。たすけようと思えば、いつでも、たすけられる」
中之島へ行こうと、豹吉は肚をきめた。
「亀公、じゃ、行って来るぜ」
と、豹吉はかけ出そうとし
前へ
次へ
全71ページ中50ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング