端、小沢は、
「そうだ、伊部の奴は高等学校の時から変った字を書いていたっけ」
と、久しく会わぬ旧友を、しかも復員後はじめて会う知人として訪ねる――というなつかしさがこみ上げて来て、
「――ここは焼けないで良かった」
と、喜びながら、玄関の戸をあけると、三足の男の靴が脱ぎ捨ててあった。
それをちらと眼に入れながら、案内を請うと、奥から出て来た若い娘が、
「あら。小沢さん」
小沢の顔を見て、耳の附根まで赧くなった。
三年振りだったが、さすがにその娘の顔には見覚えがあった。
額が広く奥眼で、鼻筋が通っているところなど、兄の伊部恭助にそっくりだったから、妹の道子だと、すぐ判り、
「やア、暫く……」
小沢は以前この家を訪ねて来た時と、同じ調子の声を出しながら、しかし、めずらしく赧くなってしまった。
三年前に見た時はまだ女学校へ通っていたのに、今はすっかり娘めいて、スカートの裾から覗いているむっちりした膝頭を気にしているのを見て、思わずはっと赧くなったのだろうか。
それとも、道子がぱっと顔に花火を揚げたのを見て、かえってこちらが照れてしまい、ふと赧くなったのだろうか。
「伊部君いますか」
そうきくと、道子は、
「あのウ、今ちょっと……」
留守ですと、なぜか半泣きの顔になった。
「あ、病院ですか」
伊部が阪大の外科に勤めていたことを想い出した。
「はア、でも……」
曖昧に言って、ふと笑うと、えくぼがあった。
「そうですか」
と、小沢はがっかりして、
「――じゃ、また出直しましょう」
「あら……」
「えッ……?」
「あのウ……」
帰らないで、上ってはどうかと、言いだし兼ねて、道子はもじもじしていた。
「だって……」
お客さんでしょうと、ちらと男の靴を見た。
道子も見て、
「あら、いいんですの」
しかし、ぱっと花火を揚げて、
「――どうぞ」
「そうですか、じゃ」
茶の間へ通されると、小沢は早速きり出した。
「――実は今日お伺いしたのは、著物をお借りしようと思って……」
「著物……?」
「ええ、女の著物なんです」
小沢は頭こそかかなかったが、頭をかきながら――と言った気持で言った。
「女の……?」
道子はふっと眉をくもらせた。
「伊部になら、詳しく事情を話せるんですが……、でも、……」
「あたしじゃ話せませんの……?」
と、道子の声は何か鋭
前へ
次へ
全71ページ中28ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング