学の前を過ぎると、やっと家並が続いて、この一角は不思議に焼け残ったらしい。
この分なら、これから頼って行く細工谷町の友人の家は、無事に残っているかも知れないと、思いながら四ツ辻まで来た時、小沢はどきんとした。
一糸もまとわぬ素裸の娘が、いきなり小沢の眼の前に飛び出して来たのである。
雨に濡れているので、裸の白さが一層なまなましい。
小沢ははっと眼をそらした。同時に、娘も急に身をすくめて、しゃがもうとした。
が、再び視線があった時、もう娘は、
「助けて下さい!」
とすがりついて来た。
昭和二十一年五月一日の、夜更けの出来事である。
小沢はまるで自分の眼を疑った。
いかに深夜とはいえ、敗戦の大阪とはいえ、一糸もまとわぬ若い娘の裸の体が、いきなり自分の眼の前に飛び出して来るなんて、戦争の影響で相当太くなっているはずの神経にとっても、これは余りに異様すぎる感覚だった。
しかも、まるでこの異様さをもっと効果的にするためと云わんばかしに、わざとのような土砂降りの雨だった。
溺死人、海水浴、入浴、海女……そしてもっと好色的な意味で、裸体というものは一体に「濡れる」という感覚を聯想させるものだが、たしかにこの際の雨は、その娘の一糸もまとわぬ姿を、一層なまなましく……というより痛々しく見せるのに効果があった。
そこは四ツ辻だったが、角の家に一軒門燈がついていて、その灯りが雨を透して、かすかに流れていたから、娘の顔はほのかに見えた。
あどけない可愛い顔立ちは、十六、七の少女のようだった。しかし、むっちり肉のついた肩や、盛り上った胸のふくらみや、そこからなだらかに下へ流れて、一たん窪み、やがて円くくねくねと腰の方へ廻って行く悩ましい曲線は、彼女がもう成熟し切った娘であることを、はっと固唾を飲むくらいありありと示していた。
もっとも、小沢はいたずらに固唾を飲んで、いたずらに観察していたわけではない。
そんな余裕はなかった。
とにかく娘は、
「助けて下さい!」
と、言っているのだ。
しかし、どう助ければいいのか。――いや、そんなことを考えている場合ではない。
何はともあれ、小沢は著ていたレインコートをあわてて脱いだ。(そのレインコートは軍隊用のものだから、もっと別の名があった筈だが、この際そんなことはどうでもよい)
そして、娘の裸の体へぱっと著せてや
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