さって眠っているようだった。やがて、ふと顔を上げると、
「あんたの役はいい役やなア。同じ自首をすすめるのでも、おれの方は悪い役まわりや」
 しょんぼりした声だが、しかしふとえくぼが泛び、したたるような微笑をたたえながら豹吉は言った。

 小沢は急に眉を曇らせた。
「あんたの役はいい役やなア」
 という豹吉の言葉が、皮肉のようにも、また小沢を責めているようにも聴えたのだ。
 なるほど、考えてみれば、小沢は得意の雄弁にものを云わせて、豹吉に自首の決心をさせることに成功したが、もうそれだけで充分満足すべきであった。
 が、小沢はなおそれ以上のことを、要求した。ブルウスカイで待っている青蛇団の連中を説き伏せて、一緒に自首しろ――という難題だ。
 豹吉にとって、これほど辛いことがまたとあろうか。
 むごい――という言葉があてはまる。たしかに、むごすぎる。
 さすがの小沢も、
「おれは今血も涙もない、非情の石ころになっているのかも知れないぞ」
 と、もはや豹吉の顔を正視するにしのびなかった。
「しかし、心を鬼にして――ということがある」
 大阪の市民のため、ひいてはこの国の社会の秩序のため――いや豹吉はじめ青蛇団の連中が、向日葵のように太陽の子に甦生するためにも、心を鬼にして非情の石となって、無理な要求をしなければならぬと、小沢はあわてて自分に言いきかせると、もうきっと冷かな眼をして、
「…………」
 豹吉の少女のような美しい、しかし、やや青ざめた顔を、見つめた。
「…………」
 豹吉も暫らくだまって、小沢を見つめていたが、やがて、投げやりのような微笑をふっと泛べると、
「仕様がない。癪やが、あんたのいう通りにする。あんたには負けたよ。――三十分ここで待っていてくれ。皆んなを連れて来る」
 と、言いながら石段を降りて行こうとした。
「あ。君」
 と、小沢が呼び停めようとすると、豹吉はふと振り向いて、
「心配しなはんな。逃げたりするもんか」
 石段を降りると、豹吉はやがて梅田新道の方へ姿を消した。
 そして半時間たった。
 夜が沈み、小沢の心も重く沈んでいた。
 その重い心の底を、五月の風がさっと冬の風のように吹き渡り、小沢は何か寒々とした想いで、S署の玄関に佇んでいたが、やがてひょいと顔をあげた途端、小沢ははっとした。
 豹吉、お加代、亀吉、唖娘――その他中之島公園で見た青蛇団
前へ 次へ
全71ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング