ん」に傍点]と頭を下げるなり、女学生は柳吉の所へ近寄って低い声で「お祖父《じい》さんの病気が悪い、すぐ来て下さい」
 柳吉と一緒に駆けつける事にしていた。が、柳吉は「お前は家に居《お》りイな。いま一緒に行ったら都合《ぐつ》が悪い」蝶子は気抜けした気持でしばらく呆然《ぼうぜん》としたが、これだけのことは柳吉にくれぐれも頼んだ。――父親の息のある間に、枕元で晴れて夫婦になれるよう、頼んでくれ。父親がうんと言ったらすぐ知らせてくれ。飛んで行くさかい。
 蝶子は呉服屋へ駆け込んで、柳吉と自分と二人分の紋附を大急ぎで拵《こしら》えるように頼んだ。吉報《きっぽう》を待っていたが、なかなか来なかった。柳吉は顔も見せなかった。二日経ち、紋附も出来上った。四日目の夕方呼出しの電話が掛った。話がついた、すぐ来いの電話だと顔を紅潮させ、「もし、もし、私維康です」と言うと、柳吉の声で「ああ、お、お、お、おばはんか、親爺は今死んだぜ」「ああ、もし、もし」蝶子の声は癇高《かんだか》く震《ふる》えた。「そんなら、私はすぐそっちイ行きまっさ、紋附も二人分出来てまんねん」足元がぐらぐらしながらも、それだけははっきり言っ
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