くらいで、これではカフェ商売の内幕もなかなか楽ではなさそうだと二の足を踏んだが、しかし蝶子の自信の方が勝った。マダムの腕一つで女給の顔触れが少々悪くても結構|流行《はや》らして行けると意気込んだ。売りに出ている店を一軒一軒廻ってみて、結局下寺町電停前の店が二ツ井戸から道頓堀、千日前へかけての盛り場に遠くない割に値段も手頃で、店の構えも小ぢんまりして、趣味に適《かな》っているとて、それに決めた。造作附八百円で手を打ったが、飛田の関東煮屋のような腐った店と違うから安い方であった。念のため金八に見てもらうと、「ここならわても一ぺん遊んでみたい」と文句はなかった。そして、代替りゆえ、思い切って店の内外を改装《かいそう》し、ネオンもつけて、派手に開店しなはれ、金はいくらでも出すと、随分乗気になってくれた。
 名前は相変らずの「蝶柳」の上にサロンをつけて「サロン蝶柳」とし、蓄音器《ちくおんき》は新内、端唄《はうた》など粋向きなのを掛け、女給はすべて日本髪か地味なハイカラの娘《こ》ばかりで、下手《へた》に洋装した女や髪の縮《ちぢ》れた女などは置かなかった。バーテンというよりは料理場といった方が似合うところで、柳吉はなまこの酢の物など附出《つきだ》しの小鉢物を作り、蝶子はしきりに茶屋風の愛嬌を振りまいた。すべてこのように日本趣味で、それがかえって面白いと客種も良く、コーヒーだけの客など居辛かった。
 半年経たぬうちに押しも押されぬ店となった。蝶子のマダム振りも板についた。使ってくれと新しい女給が「顔見せ」に来れば頭のてっぺんから足の先まで素早く一目の観察で、女の素姓《すじょう》や腕が見抜けるようになった。ひとり、どうやら臭いと思われる女給が来た。体つき、身のこなしなど、いやらしく男の心をそそるようで眼つきも据《すわ》っていて、気が進まなかったが、レッテル(顔)が良いので雇い入れた。べたべたと客にへばりつき、ひそひそ声の口説《くぜつ》も何となく蝶子には気にくわなかったが、良い客が皆その女についてしまったので、追い出すわけには行かなかった。時々、二、三時間暇をくれといって、客と出て行くのだった。そんなことがしばしば続いて、客の足が遠のいた。てっきりどこかへ客を食わえ込むらしく、客も馴染みになるとわざわざ店へ出向いて来る必要もなかったわけだ。そのための家を借りてあることもあとで分った。い
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