きち》といい、女房もあり、ことし四つの子供もある三十一歳の男だったが、逢《あ》い初めて三月《みつき》でもうそんな仲になり、評判立って、一本になった時の旦那《だんな》をしくじった。中風で寝《ね》ている父親に代って柳吉が切り廻している商売というのが、理髪店《りはつてん》向きの石鹸《せっけん》、クリーム、チック、ポマード、美顔水、ふけとりなどの卸問屋《おろしどんや》であると聞いて、散髪屋へ顔を剃《そ》りに行っても、其店《そこ》で使っている化粧品のマークに気をつけるようになった。ある日、梅田新道《うめだしんみち》にある柳吉の店の前を通り掛ると、厚子《あつし》を着た柳吉が丁稚《でっち》相手に地方送りの荷造りを監督《かんとく》していた。耳に挟《はさ》んだ筆をとると、さらさらと帖面《ちょうめん》の上を走らせ、やがて、それを口にくわえて算盤《そろばん》を弾《はじ》くその姿がいかにもかいがいしく見えた。ふと視線が合うと、蝶子は耳の附根《つけね》まで真赧《まっか》になったが、柳吉は素知らぬ顔で、ちょいちょい横眼《よこめ》を使うだけであった。それが律儀者《りちぎもの》めいた。柳吉はいささか吃《ども》りで、物をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好《かっこう》がかねがね蝶子には思慮《しりょ》あり気に見えていた。
 蝶子は柳吉をしっかりした頼《たの》もしい男だと思い、そのように言《い》い触《ふ》らしたが、そのため、その仲は彼女の方からのぼせて行ったといわれてもかえす言葉はないはずだと、人々は取沙汰《とりざた》した。酔《よ》い癖《ぐせ》の浄瑠璃《じょうるり》のサワリで泣声をうなる、そのときの柳吉の顔を、人々は正当に判断づけていたのだ。夜店の二銭のドテ焼(豚《ぶた》の皮身を味噌《みそ》で煮《に》つめたもの)が好きで、ドテ焼さんと渾名《あだな》がついていたくらいだ。
 柳吉はうまい物に掛けると眼がなくて、「うまいもん屋」へしばしば蝶子を連れて行った。彼にいわせると、北にはうまいもんを食わせる店がなく、うまいもんは何といっても南に限るそうで、それも一流の店は駄目や、汚《きたな》いことを言うようだが銭を捨てるだけの話、本真《ほんま》にうまいもん食いたかったら、「一ぺん俺《おれ》の後へ随《つ》いて……」行くと、無論一流の店へははいらず、よくて高津《こうづ》の湯豆腐屋《ゆどうふや》、下は夜
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