いう希望に燃えて、美津子を見る眼が貪慾な光を放ち、ぼんぼんみたいに甘えてやろ、大根を切る時庖丁振り舞して立ち廻りの真似もしてみたろ、お菜の苦情云うてみたら、叔父叔母はどんな顔するやろと思うのだったが、順平は実行しかねた。その頃、もう人に感付かれた筈だが、矢張り誰にも知られたくない一つの秘密、脱腸がそれと分る位醜くたれ下っていることに片輪者のような負け目を感じ、これがあるために自分の一生は駄目だと何か諦めていた。想い出すたびにぎゃあーと腹の底から唸り声が出た。ぽかぽかぺんぺんうらうらうらと変なひとり言も呟いた。
 ある日、美津子が行水をした。白い身体がすうっと立ち上った。あっちイ行きイ。順平は身の置き場もないような恥しい気持になった。夜想い出すと、急にぽかぽかぺんぺんうらうらうら。念仏のように唱えた。美津子にはっきり嫌われたと蒼い顔で唱えた。近所のカフェから流行歌が聞えて来た。何がなし郷愁をそそられ、その文吉のことなども想い出し、泣いたろ、そう思うとするすると涙がこぼれてきて存分に泣けた。二度と見ない決心だったが、翌くる日、美津子が行水をしているとやはりそわそわした。そんな順平を仕込んだ
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