むいたまま黙々とたべ終り、漬物の醤油の余りを嘗めていると、叔母は、お前は今日から丸亀のぼんぼん[#「ぼんぼん」に傍点]やさかいそんなけちんぼ[#「けちんぼ」に傍点]な真似せいでもええといい、そして女中の方を向いてわざとらしい泪を泛べた。酒をのんでいた叔父が二こと三こと喋ると叔母は、猫の子よりましだんがナと云った。ふんと叔父はうなずいて、しかしえらい痩せとるなアと云った。
さっぱりした着物を着せられたが、養子とは兄の文吉のようなものだと思っていた身に、何かしっくりしない気持がした。買喰いの銭を与えられると、不思議に思った。田舎の家は雑貨屋で、棒ねじ、犬の糞、どんぐりなどの駄菓子を商っているのに、手も出せなかったのだ。一と六の日は駒ヶ池の夜店があり、丸亀の前にも艶歌師が立ったり、アイスクリン屋が店を張ったりした。二銭五厘ずつ貰って美津子と夜店に行く時は、帯の中に銅貨をまきこんで、都会の子供らしい見栄を張った。しかし、筍をさかさにした形のアイスクリンの器をせんべいとは知らず、中身を嘗めているうちに器が破けてはっとし、弁償しなければならぬと蒼くなって嗤われるなど、いくら眼をキョロキョロさせていても、やはり以後かたくいましめるべき事が随分多かった。
ある日銭湯へ行くといって家を出た。道分ってんのかとの叔母の声をきき流して、分ってまんがな。流暢に出た大阪弁に弾みつけられてどんどん駆け出し、勢よく飛び込んでみると、おやッ! 明るいところから急に変った暗さの中にも、大分容子が違うとやがて気が付いて、わいは……、わいは……、あとの声が出ず、いきなり引きかえしたが、そこは銭湯の隣の果物屋の奥座敷で、中風で寝ているお爺がきょとんとした顔であとを見送っていた。表へ出ると、丁度使いから帰って来た滅法背の高いそこの小僧に、何んぞ用だっかと問われ、いきなり風呂銭にもっていた一銭銅貨を投げ出し、ものも云わずに蜜柑を一つ掴んで逃げ出した。ところが、それは一個三銭の蜜柑で、その時のせわしない容子がおかしいと、ちょくちょく丸亀の料理場へ果物を届けに来るその小僧があとで板場(料理人のこと)や女中に笑いながら話し、それが叔父叔母の耳にはいった。お前、えらいぼろい事したいうやないか。叔母にその事をいわれると、順平はぺたりと畳に手をついて、もう二度と致しまへん。うなだれて眼に涙さえ泛べるのだった。ひやかす積
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