た武田さんの正直さがそのままにじみ出ているような作品であった。その正直さはふと律儀めいていた。一見武田さんに似合わぬ律儀さであった。が、これが今日の武田さんの姿としてそのまま受け取って、何の不思議もないと私は見ていた。不死身の麟太郎だが、しかしあくまで都会人で、寂しがりやで、感傷的なまでに正義家で、リアリストのくせに理想家で――やっぱりそんな武田麟太郎が「ひとで」の中に現れていた。悲しい姿であった。日本が悲しくなってしまったように、武田さんも悲しくなってしまっていた。その悲しさを、いつもの武田さんは自分で殺していた。人には見せなかった。ところが、ふとそれが現れてしまったのだ。通り魔のように現れたのだ。そして通り魔のうしろには死神がついていた。うしろには鬼がいるにきまっているとは、横光さんの言葉で、武田さんもよくこの言葉を引用していた。
 しかし、そんな悲しい武田さんを想像することは今は辛い。やはり、武田麟太郎失明せりというデマを自分で飛ばしていた武田さんのことを、その死をふと忘れた微笑を以て想いだしたい。失明したというのは、実はメチルアルコールを飲み過ぎたのだ。やに[#「やに」に傍点]
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