れなかったが、しかし自治委員の前では自分の思う所を述べられないと思った。が、たった一つ彼等の眼をくらますことの出来ないものがあった。それは私の髪の毛である。ある日それは丁度私の髪の毛がはじめて左右に分けられた日のことであったが、あの自治委員は私を呼んで、頭を丸刈りにすべしと命令した。私はことの意外に驚いて、この学校は自由をモットーとしているのに、生徒の頭の型まで束縛して、一定の型にはめてしまおうとするのであるかと、早口で言った。すると自治委員の言うのには、寮では寮生のすべては丸刈りたるべしという規則がある。郷に入れば郷に従えという諺を君は知らぬのか。では、郷を去るまでだ、俺は俺の頭を守ると、私は気障な言い方をして、寮を去り下宿住いをした。丁度満州事変が起った直後のことであった。
 寮生はすべて丸刈りたるべしという規則は、私にとっては奇怪な規則であった。私は何故こんな規則が出来たのだろうかと、暫く思案したが、よく判らなかった。そこで私は、もしかしたらこれは、長髪の生徒の中には社会主義の思想を抱いている者が多いから、丸刈りを強制したのかも知れないという珍妙な想像をして、ひそかに吹きだした。
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