考えが泛んだ。それは、君たちは今俺を撲っていい気になっているだろうが、しかし俺は少なくとも君たちよりは一寸有名な男なんだぞという、鼻持ちならぬ考えであった。
点呼がすむと、私はあわてて髪を伸ばしに掛った。やがて私の髪の毛が元通りになったある日、私は町で分会長の姿を見受けた。彼は現役ではないのに、相変らず軍服を着用して、威張りかえっていた。私は何となく高等学校を想い出した。銭湯へ行くのにも制服制帽を着用していた生徒たち。分会長は私を見ると、いやな顔をした。その後私は彼の姿を見なかったが、先日、それは戦争がすんでからまだ四五日たっていない日のことであった。私は市電に乗っている彼の姿を見た。彼は国民服を着て、何か不安な面持ちで週刊雑誌を読んでいた。そしてふと顔を上げて、私を見ると、あわてて視線を外らした。
私の髪の歴史も以上で終りである。私の長髪にはささやかな青春の想い出が秘められていると書いたが、思えば青春などどこにもなかった。ただにがにがしい想い出ばかりである。近頃人々はあわてて髪を伸ばしかけている。それを見るとますますにがにがしい。一番さきに丸坊主になった者が一番さきに髪を伸ばすだ
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