、若く美しい異性と肩を並べて夜の道を歩くという偶然の機会に、恵まれないわけでもない。しかし、そのような時にも私の口は甘い言葉を囁かず、熱い口づけもせず、ただ欠伸をするためにのみ存在しているのであった。私は彼女に何の魅力も感じないどころか、万一まかり間違ってこの女と情事めいた関係に陥ったら、今は初々しくはにかんでいるこの女もたちまち悍《かん》婦に変じて私の自由を奪うだろうという殺風景な観察すら下していた。「恋の奴」「恋の虜」などという語があるが、奴や虜になるくらいなら、まだしも不能者になった方がましだとすら思った。が私がそう思うのと同時に、彼女の方でも私という人間がいかに情熱のない男であるかということを悟ったらしい。二人の意見は完全に一致して、私たちは時間の空費をまぬがれることが出来たのである。
青春も若さも大急ぎで私から去ってしまったらしい、といって、私は非常に悲観しているわけではない。今年の春、私は若い将校が長い剣を釣って、若い女性と肩を並べながら、ひどく気取った歩き方で大阪の焼跡を歩いているのを目撃した時、若さというものはいやらしいもんだと思った。何故男は若い女性と歩く時、あんなに澄ましこんだ顔をしなければならぬのだろうか。しかし、私とてももし若い異性を連れて歩く時は、やはり間抜けた顔をするかも知れない。そう思えば、老衰何ぞ怖るるに足らんや。しかし、顔のことに触れたついでに言えば、若いのか年寄りなのかわからぬような顔は、上乗の顔ではあるまい。それを思うと、私は鏡を見るたびに、やはり失望せずにはおられない。鏡の中の私の顔はまさにピコアゾーである。自分でも自分が何歳であるか疑わしくなって来るくらい、私の顔は老けている。が、僅かに私の容貌の中で、これだけは年相応だと思われるのは、房々とした黒い長髪である。私の頭には一本の白髪もなく、また禿げ上った形跡もない。人一倍髪の毛が長く、そして黒い。いわばこの長髪だけが無疵で残って来たという感じである。おまけにこの長髪には、ささやかながら私の青春の想い出が秘められているようである。男にも髪の歴史というものがないわけではない。
二
私は高等学校にはいった途端に、髪の毛を伸ばした。何故伸ばしたか。理由は簡単である。私の顔は頬骨がいやに高い。それ故丸坊主になると、私の頭は丁度耳の附根あたりで急に細くなり、随分見っと
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