わい所あるけど、親切な人やさかい。うち、今でも、あの人の写真機盗んだこと後悔してるねン」
「どこにいる人……?」
「行ってくれはる……?」
「それより、どこにいる人なの、それを先に……」
言ってごらんと、一寸せきこむと、チマ子は場所をまず言って、
「木崎さんという人……」
「木崎……?」
ルミから貰った名刺の「木崎三郎」の明朝《みんちょう》の活字が、ぱっと陽子の頭に閃いた。
「ねえ、行ってくれはる……?」
「行くわ。で、その写真機は……?」
「サツ(警察)で夜明ししてる! 売れば一万五千円の新円のサツやけどな」
チマ子は吐き捨てるように言った。
兄ちゃん
一
頽廃の一夜が明けて、日曜日の朝が来た。
ただでさえ頽廃の町である。ことに土曜日の京都は、沼の底に妖しく光る夜光虫の青白い光のような夜が、悪の華の巷にひらいて、数々のいまわしい出来事が、頽廃のメシベから放つ毒々しい花粉の色に染まる――というこの形容は誇張であろうか。
例えば、われわれが知る限りでも、昨夜、つまり土曜日の夜……。
キャバレエ十番館のホールの階段に立った木崎のライカが狙う「ホール
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