ああいう眼を見ると、なんぼでも、おれの財産ありったけでも、出して、おれの自由にしたい――いう気になるンや。あはは……」
章三は三十五歳に似合わぬ豪放な笑いを笑ったが、しかしふと虚ろな響きがあり、おまけに眼だけ笑っていなかった。それが油断のならぬ感じだ。
「金さえ出せば、女はものになると……」
思ってるのねと、貴子は浴衣の紐を結んだ。
「君のような女がいる限り、男はみなそない思うやろ。君は男と金を同じ秤ではかってる女やさかいな」
「いやにからむのね」
「いや、ほめてるんや。女はみなチャッカリしてるが、しかし君みたいに、徹底したのはおらんな。男に金を出させといて、その男を恨んどるンやさかい、大したもンや」
「女ってそんなものよ。自分の体を自由にする男は、ハズだってどんなに好きなリーベだって、ふっと憎みたくなるものよ」
「つまり、おれなんか憎くて憎くてたまらんのやろ」
「あら。あなたは別よ」
「別って、どない別や」
「カーテン閉めましょうね。秋口だから、川風がひえるわ」
窓の外は加茂の川原で、その向うに宮川町の青楼の灯がまだ眠っていなかった。
「――このお部屋、宮川町からまる見えね」
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