ステップを踏みはずして、転んだのか――と皮肉りかけた口の悪い客も、
「あ、茉莉が……」
倒れたのかと気がつくと、あわてて相手のダンサーをはなして、
「――茉莉誰と踊ってたんだい。柔道屋か」
茉莉はまかりまちがっても転ぶような、そんな下手なダンサーではなかったのだ。
「踊りでは茉莉、顔では陽子」
と、十番館では定評になっていた。
「えッ、茉莉が……?」
と、陽子も顔色を――いや、陽子の顔色は既に木崎がシャッターを切った時なぜかはっと変っていた。
「あ、うつされる!」
と、ぎょっとしたように、いきなりそむけた顔が、みるみる青ざめた。
「失礼します」
陽子は客からはなれて、木崎の方へ行こうとした――その途端、茉莉が倒れたのだ。
写真も気になったが、それよりも茉莉のことが……。ちょっと迷ったが、やはり陽子は人ごみの間をすり抜けて、茉莉の方へかけよった。
茉莉の顔は、青ざめた陽子よりも、血の色がなかった。頬紅の色まで青く変っていた。
そして、口から泡をふき出して、床の上を蛭のようにかすかにうごめいている――その傍に、青年がキョトンと突っ立っていた。
三
「あ、京
前へ
次へ
全221ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング