醜さとは、醜さを意識しない官能の脆さ、好奇心!
 しかし、このあわれさと醜さが、木崎の描く夜のポーズの主題だ。そして、そんなデカダンスの底に、亡妻への嫉妬がうずいているのだ。好色ではなかった。
 だから、何を考えてるのかときかれて、チマ子が、
「……監獄にいたはるお父さんのこと……」
 と、ぽつりと言って、ふっと深く吸い込んだ煙を輪にして吐き出しながら、その消えて行く方に放心したような視線を向けているのを見ると、木崎ははっと手をひっこめて、もうチマ子が抱けなかった。
 その時、廊下に足音がして、
「木崎さん、只今ア!」
 と、声が来た。
      六
 声ですぐ、隣の部屋の坂野という楽師だと判った。
 ホールがひけて帰って来たのであろう。いつもより不健康に濁った声が、夜更けの時間と、肩に掛けたアコーディオンの重さをガラガラと無気力に響かせていた。
「あ、お帰り……」
 と、木崎は頓狂な声を出したが、その声も何か浅ましくふるえて、不健康であった。
 醜く昂奮していたのが判り、情なくなっていると、やがて、
「木崎さん、木崎さん!」
 ちょっと来て下さいと、再び坂野の声がして、その 
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