夜具の裾の方に投げ出してあったハンドバッグを、素足の先につまんで、ひょいと肩越しに枕元へほうり上げ、その中から煙草を取り出すと、
「火貸してちょう……。あ、これで点けるわ」
 蚊やり線香の火で、はすっぱに吸いはじめたが、いきなり仰のけになると、じっと天井を見つめていた。
 眼がピカピカ光っていた。そして、暫く化石したように動かなかった。が、全身で木崎を意識しているようだった。眼かくしをされ、麻酔薬をかがされても、メス皿にカチリと触れる音はかすかに聴いている患者のように。
「何を考えてるんだ。――灰が……」
 落ちるよと、木崎はつとにじり寄りながら、自分の血管の中で凶暴な男の血が脈を打っていることを、はじめて意識した。
 あわれんでいるものを、逆に残酷に苛めたいという得体の知れぬ衝動だろうか、それとも、反撥し、嫌悪しているものに逆に惹かれるという自虐作用であろうか。
 人は崇高な気持で愛しているものにも、ふと昆虫のような本能で挑むことがある。まして、チマ子はきのうきょう巷の夜にうごめいているいかがわしい女の、あわれさと醜さを見せているのだ。
 あわれさとは手術台に横たわる宿命的な受動性!
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