を見た。
 いい形の耳だ! 春隆は耳の形の悪い女には、魅力を感じない男だった。
「東京へ……?」
 何をしに行くのか、このことを誰かに喋りに行くのか――という眼で、陽子は見たが、春隆はわざとそれには答えず、
「当分会えませんね。一度ゆっくりこのことで語りもし、相談相手にもなろうと思ったんですがね。まず今夜しか機会はなさそうですね」
 その時、アロング・ザ・ナバホ・トレールの曲が終った。春隆は早口に畳みかけて、
「――今夜はしかし僕田村へ行ってます。木屋町四条下ル。田村と赤い提灯が出ている料理屋です。ホールが引けたら、いらっしゃい」
 きっと待っていますよと、言ったかと思うと、返辞も待たず、あっという間にホールを出て行った。
 陽子は京吉の傍へ人ごみを抜けて行った。
「茉莉は……? お医者様来た……?」
「来た。来たけど……」
 京吉は急にわざとらしい京都訛りになって、
「来たけんど、手おくれどすわ」
「じゃ、茉莉やっぱし……?」
「青酸加里! 茉莉ばかだなア!」

      十

 陽子はボロボロ涙を落しながら、事務室へかけつけた。
 うるんだ視線に、白い布がぼうっとかすんで、しかし
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