子は思わず京吉の立っているホールの入口の方へ、気を取られたが、春隆は急にまたターンしたので途端に見えなくなった。
春隆はやはり陽子が狼狽したのをみると、
「もうこの女はおれのものになったも同然だ」
という想いのズボンを、陽子の裾にさっと斬り込ませながら、鮮やかにターンして、
「君は、中瀬古さんのお嬢さんでしょう……?」
「違います」
「いや、隠してもだめです。妹の卒業アルバムで、僕は君の写真を見ましたよ」
「…………」
「学習院で妹と同じクラスだったそうですね」
「たぶん、他人の……」
「……空似だなんて、随分君らしくもないエスプリのない科白ですね。どうして君は……」
と、またくるりと廻って、
「――そんなに隠すんです。もっとも僕が新聞記者なら、隠す必要はあるかも知れない。君のお父さんはとにかく政界の第一人者ですからね。その中瀬古鉱三の令嬢が十番館のダン……」
「誰にもおっしゃらないで! お願いです」
「じゃ、やっぱし……」
そうだったのかと、春隆のトロンと濁った眼は急に輝いた。そして、何思ったのか、
「――僕あした東京へ行きます」
ぽつりと、連絡のない言葉を言って、陽子の耳
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