行ったきり、長春かどこかで石鹸を売りながら生きのびているという風の便りが、一度あったほかは消息が判らず、現在は母親と妹の信子と三人家族だったが、母親の手紙によれば、妹の信子の品行が心配だから、兄のお前から意見をしてやってくれ云々とあり、春隆も母親の手紙を黙殺することは出来なかった。といって、京都には未練があった。
 陽子を誘惑し損ったまま東京へ帰るのは、何としても後味が悪い。どうせ東京へ帰らねばならぬとすれば、貴子から誘われたのはもっけの道連れだと、切符を手配する手間のはぶけるその汽車に乗って、
「途中熱海で降りるとしても、宿賃は向う持ちだ」
 と、存外俗っぽい、しかし、それが持ちまえのチャッカリしたやに下り方をしていたとはいうものの、さすがに、
「あっちが駄目になったから、こっちを……」
 という、陽子から貴子に乗りかえる現金さには、軽い悔恨があった。
 しかし、またそれだけに、くしゃみよりも簡単に手が握れる。いきなり膝の上の手を握ると、貴子は表情も変えずに握りかえした。
 それを、四つの眼が見ていた。

      六

 貴子の女友達の露子と章三の二人が、それを見ていたのだ。

前へ 次へ
全221ページ中185ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング