うに回転している必要があるのだ。
 今に見ろ――とは、だから、ただ陽子の居所をきくために、春隆をとっちめるという最初の目的から飛躍して、
「おれがこの汽車に乗ったことは、ただで済むまい」
 春隆をもただで済まさないが、おれ自身もただでは済むまい。おれはもうサイコロを投げた――という、偶然への挑戦であった。
 偶然といえば、貴子も春隆も、その車室の隅に章三がいることに気がつかなかった。章三の方からははっきり見えるが、貴子や春隆の方からは見えにくいという位置に、それぞれ坐っていた。
 そして、貴子と春隆がそんな偶然を少しも感じずに、ピタリとつけたお互いの肉体からただ肉体だけを感じているうちに、汽車は山科のトンネルに入った。

      五

「窓を少しあけましょうか」
 トンネルを過ぎると、春隆は腰を浮かして窓の金具に手を掛けた。春隆の上衣の裾が窓側の貴子の顔に触れた。
「でも雨じゃないですか……?」
 貴子は口にあてていたハンカチをはなしながら、分別くさい調子でゆっくりと言った。顔も体も声も若かったが、さすがにそんな言い方には、四十一歳という年齢がふと現れるのだった。
「あ。そうね」

前へ 次へ
全221ページ中183ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング