ずい!」銀造は、もう誰も追って来ないと判ると、息苦しい胸を撫ぜて歩きながら、呟いた。洋服に草履ばきは、昨日今日ざらにある敗戦の身なりで、何の不思議もないとはいうものの、烱眼に掛れば、囚人用の草履であることを見抜くかも知れない。
 銀造は桜橋まで来ると、曾根崎の方へ折れて闇市の中へまぎれ込み、ズックの靴を買った。財布の金はまだ百円近く残っていた。
 大阪駅まで来て、京都までの切符を買い、何くわぬ顔でプラットホームで並ぶと、はじめてほっとした。が、さすがに不安は残り、キョロキョロうしろをみていると、十番線のホームで大阪仕立ての東京行き急行列車の二等に乗ろうとしている三十過ぎの男の精悍な顔が眼にはいった。銀造はいきなりどきんとした。

      二

 見覚えがある――と思ったのと、
「あ、あの男だ!」
 と、想い出したのと、殆んど同時だった。
 木文字章三――というその男の名前は知らなかったが、しかし、その顔は田村で見たことがあったのだ。
「たしか土曜日の晩だった!」
 満州から引揚げて来た銀造が、昔の二号だった貴子と、その貴子にうませたチマ子のいる田村を頼って、板場(料理人)の下廻りで
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