へ、ぶっつける群衆心理の叫び声であったが、北山の耳は、
「お前も逃げろ!」
 と、聴いたのだ。だから、その一団にまぎれ込んで駈け出しながら、北山は自分もまた囚人であるかのような錯覚に、青ざめていた。
 その夜、脱走した囚人は、あとで警察へ報告されたリストが四度も訂正されたくらい故、その時は誰も正確には判らなかったが、ざっと数えて百名ぐらいはあったろう。それが三方に分れて逃げたらしく、中之島公園へ逃げて来た連中はざっと三十名ばかり、差入れの着物や洋服などのいわゆる私服を持たぬ青い官服の囚人姿の者がその大半だったので、一眼見るなり拘置所からの脱走者だと判った。
 その官服の青さは、月明りに照らされていたので、一層なまなましい不気味さに凄んで、悔恨の心のように北山の心に突きささったのだ。
「おれはスリのほかに、人殺しをしようと思ったのだ!」
 もう少しであの小娘を殺すところだった――と、もはや北山にとっては、中之島公園はあの闇の娘を拾ったなつかしい場所ではなかった。
「逃げろ、逃げろ!」
 中之島から逃げるんだ――と、北山もいつか囚人と同じ声を出して走りながら、あ、そうだ、こいつを持っていて
前へ 次へ
全221ページ中172ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
織田 作之助 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング