前へ連れて来たのか」
という悔恨であった。それが木崎の表情を陰欝にしたのだ。この女とはきっと何かが起るだろうという予感には、いそいそとした喜びはなく、何か辛かったのだ。
しかし、なぜ来たのだろう。木崎は陽子が口をひらくのを待った。
四
「わたくしお願いがあって、上りましたの」
十番館では「あたし」と言っていたが、陽子には、改まって言う時の「わたくし」の方が似合っていた。すくなくとも、とってつけたようには聴えず、ダンサーに似合わぬ育ちの良さ……と、木崎の耳には聴えた。
それがふと、木崎には悲しかった。しかし、それは、上品な育ちのよい女が身をおとして行く淪落の世相へのなげきではなかった。やはり、ダンスというものについて木崎の抱いている偏見のせいであった。清楚な女とダンスというものを、結びつけて考えたくないという偏見だ。事情は個人的なものだった。
木崎にとっては、ダンスとはつねに淫らなリズムに乗って動く夜のポーズであり、女の生理の醜さが社交のヴェールをかぶって発揮される公然の享楽であった。
だから、結びつけて考えたくないのだが、げんに陽子が結びついている。八重子が
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