「何がははアんよ。だけど、本当……? 東京までそんなデマがひろがってたの……?」
「デマでもないんでしょう。モリモリ儲けてるんじゃない……?」
「旧円の時ほどじゃないわよ。警察が喧しいから、女の子もみないなくなったし、この部屋だって今は応接間に使ってるぐらいだから……」
「とにかくたいしたものよ。ママは……。どう、出資しない……?」
「ああ、さっきのキャバレエの話……? 面白いと思うけど……」
「百万円で出来るでしょう。ママ、半分出してくれたら丁度いいのよ。銀座でぱアッと派手に開店するのよ。わーっと来ると思うがな。ママをあてにして、わざわざ東京から飛んで来たんだから……。ねえ、乗らない、この話。……今から準備して、クリスマスまでには、百万円回収出来ると思うがなア」
「さア、東京でどうかしら。大阪の赤玉なんか西瓜一個で五千円動かせるって話だけど。……東京じゃ、新円が再封鎖になったりしたら、どかんとバテちゃうんじゃない……?」
「見くびったわね。まア一度東京を見ることね。話じゃ判らない。今夜あたしが帰る時、ママも一緒に行かない……?」
「あら、今夜もう帰るの……?」
「京都見物……? 田村で十分。焼けない都会なんていうおよそ発展性のない所を見物したってくだらないわよ」
「ご挨拶ね」
「うふふ……。それに、もう帰りの切符三枚買っちゃったの。まごまごしてると、国鉄ゼネに引っ掛ったりして、眼も当てれらない」
「首に繩をつけて、あたしを連れて行こうというのね。負けた。だけど、あとの一枚は……?」
「どうせママのことだから、途中で一風呂浴びてということになるんじゃない……? 誰か連れて行くでしょう」
「ばかね」
「エーヴリ・ナイト!」
「何よ。それ。エーヴ……。歯むき出して!」
「うふふ……。ママのことよ。今でもそう……?」
「ばかッ!」
応接間で話しているのは、貴子と、東京から来た貴子の友達であろう。やがて話声が聴えなくなった。貴子は二階へ上って行ったようだった。
「侯爵のところだな」
章三の眼は急に輝いた。昨夜春隆のところへ来ていた陽子!
十分ばかりして、貴子は章三の寝ている部屋へはいって来た。
三
「あら。もうお眼覚め……?」
「うん」
章三は腹這いのまま、手を伸ばして、煙草を取った。
「ライター……?」
貴子がダンヒルのライターをつけようとしている間に、章三はもうマッチを擦っていた。ダンヒルのライターには、マッチを擦った時のぽっと燃える感じがない。それがいやだという章三の気持の底には、貴子と陽子の比較があった。
魅力という点では、陽子は魅力の乏しい女だ。逆立ちしたって、貴子ほどの魅力は出て来ない。陽子がどれだけ処女の美しさに輝いていようと、高貴な上品さを漂わしていようと、教養があろうと、知性があろうと、一日一緒におれば、退屈するだろう。そう章三は観察していた。
いわば、マッチの軸のように魅力がない。しかし、その陽子にジイーッと音を立てて燃える感じがあると、章三が思うのは、軸を手に持って、スッと擦る時の残酷めいたスリルに自尊心の快感を予想するからであろう。爪楊枝がマッチの軸を焼き亡ぼしてしまうのだ。そして、そんな野心がふと恋心めいた情熱に変っているのだから、所謂男の心は公式では割り切れない。
火のついた軸から、ふと眼をはなして、章三は貴子を見た。貴子は昨夜のショートパンツではなかった。二十の娘が着るような花模様のワンピースを着ていた。エキゾチシズムからエロチシズムへ、そして日曜日の朝は、豚肉のあとの新鮮な果物のような少女趣味!
章三の頭に陽子が浮んでいなかったら、この貴子の計算も効果があったかも知れない。
「東京でキャバレエやろうという話あるんだけど……」
章三から金を出させようと思っているのだ。
「…………」
「何だか、銀座でいい場所らしいから、今夜行って見て来ようと思うんだけど……」
「誰と……?」
「ああ、お友達、来てるのよ。あとで会ってあげてね。ちょっと綺麗よ」
「それより、ゆうべ乗竹のとこへ来てた女、あれどこの女や」
「さア……」
「ここへは……?」
「はじめてでしょう。どうせ、どっかの玄人じゃないかしら」
「靴とりに来えへんのか」
「まだでしょう……?」
「乗竹は……? まだ居とるのンか」
「侯爵……? 帰ったわ、今……」
「ふーん」
「あなたは、これからどうなさる……?」
「大阪へ帰る」
「東京へ行くひまなんか……?」
「まア、ないな」
そう言いながら、章三は、こいつ乗竹を誘って行くつもりやなと、キラッと光る眼で貴子を見た。そして、新聞をひろげると、
「売邸、某侯爵邸、東京近郊……」
そんな広告が眼にとまった。
四
章三はゾッとするような凄い笑いをうかべて、
「
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