んと、あの女の病気いつまでたっても癒れへん。うちが警察やったら、あの女が入院してる間、毎日五十円ずつやる。ほな、あの女も安心して病気癒す気になるやろ。けど、巡査でも一日五十円月給取ってるやろかなア」
「そうね。――あんた頭いいじゃないの。政治家より頭いいわ」
「うちが頭よかったら、日本中みな頭ええわ。たれかテこないしたらええいうこと、判ってる。政治家かテ阿呆ばっかしと違う。けど、政治家が日本中の人間の一人一人のことを考えてたら、演説してまわるひまもないくらい、忙しいさかいに、だれのことも考えんと、自分のことばっかし考えてるンやろ。――うちは阿呆や、阿呆やなかったら、泥棒みたいなもンせえへん。しても、ドジ踏めへん」
「あんた泥棒したの……?」
「うん、下手売ったワ」
と、与太者の口調になって、
「――監獄にいたはるお父さんを助けたげよ思って、娘が泥棒するなんテ、トックリ味噌つめるより、まだ阿呆や。けど、壺がなかったから、トックリにつめな仕様がない」
「一体、何を盗んだの……?」
「写真機!」
「ふーん」
陽子はふと木崎を想い出し、そこが留置場だということをいつか忘れていた。
「あんまりええ写真機持っとるさかい、こんなン盗んだったかテ構めへんやろ思って、アパートまでついて行って、笑って来たってん。ほな、掴まってン」
「笑う……?」
「笑ういうたら、盗むこっちゃ」
そして、ケタケタとチマ子は笑った。
七
「喧しいな。ええ加減におしやす」
長い体を持て余して、窮屈そうにゴロンゴロン寝ていた痩せぎすの女が、チマ子の笑い声に眉をひそめた。
留置場の鈍い灯が、左の眉毛の横に出来たコブを、青く照らしている。そのコブがゴム脹だとすれば、もういまわしい毒が末期へ来ているのかも知れない。
水銀を飲まされたようなしわがれた声で、
「――豚箱へはいって、面白そうに笑う人がおすか。――喧しゅうて眠られへん」
「きつうきつう堪忍どっせ」
チマ子はわざとらしい京都弁で言ったが、すぐ大阪弁に戻り、
「――喧しかったら、独房へはいったらええやないの。ここはあんた一人の留置場とちがう。無料宿泊所や、贅沢いいな!」
「何やテ、もう一ぺん言うとオみ!」
と、女はむくりと起き上って、
「――わてを誰や思ってンにヤ……?」
仏壇お春のあだ名を持った、私娼生活二十年という女だった。
今はどうサバを読もうと思っても、四十以下には言えぬくらい老けてしまったが、若い頃はこれでも自分に迷って先祖の仏壇を売った男もいるくらい、鳴らしたものだ、四条の橋の上に張店みたいに並んだ何とかガールのお前のような女とは、ものが違うのだ――というお春の言葉は、陽子の耳をあかくさせたが、チマ子は負けずに言いかえした。
「あんたが仏壇お春やったら、うちは兵児帯おチマや。兵児帯おチマは喧嘩は売っても、体は売れへん。――年をきいたら笑って十七、可愛いあの子は兵児帯おチマ、喧嘩は売っても、体は売らぬ――とセンターでフライが唄うてるのを、あんた知らんのンか」
三条河原町から四条、京極へかけて、京都の中心(センター)で、天プラ(フライ)の不良学生たちが唄っている唄を、チマ子は口ずさんだが、急にあーあと、自嘲めいた声になると、
「――ほんまに、うちのような娘を持った親はえらい災難や」
その言い方にみんな笑った。お春も笑いながら、よれよれの背中を向けて、横になったが、留置場の床の痛さに骨ばった自分の体を感じた途端、お春はふと母親を想った。母親はもう七十、あと三年ももつまいが、しかし、自分の体が稼げなくなる時は、それよりも早く来るのではなかろうか。
女が女である限り、どんなに醜くても、汚くても、たとえ五十を過ぎても、男相手に稼いで行ける――というお春の自信も、病気のまわった体を思えば、にわかに心細い。
「みんな、わてみたいになるンどっせ。しまいには、骨だけしか売るもンがない」
あーあとお春も奇妙な溜息をついたが、もうだれも笑わず、何かしーんと黙って、うなだれてしまった。
チマ子はしかしキラッと眼を光らせて、いきなり陽子の耳に口を寄せて来た。
「姉ちゃん、うちの頼み、きいてくれはる……?」
八
「きいてあげてもいいわ」
陽子は、チマ子のささやきを耳になつかしく感じながら微笑した。
「兵児帯のおチマ」と名乗る不良少女などにふと、男心めいたなつかしさを抱くとは、留置場にいれば人恋しくなるせいだろうか。
いや、不良少女らしく見えないという点にむしろ陽子の興味は傾いたのだ。一つには、チマ子が盗んだのが写真機だという点にも、ひそかな好奇心はあった。
「ほんまに、きいてくれはる……?」
「ええ、どんなこと……?」
「うちが写真機盗んだ人の所へ行って来てほしいねン」
「
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