楽部でとぐろを巻いており、いいカモが来れば、三人しめし合わせて、賭金を巻き上げるのだった。
 京吉はキャッキャッ団の手を知っていた。しかも、キャッキャッ団を相手に一勝負しようという気になったのは、マージャンの腕への過信であろうか。それとも、インチキに挑戦して行く破れかぶれの賭のスリルだろうか。
 京吉はたちまち旗色が悪くなって行き、イーチャンが済む頃には、もう四千もすっていた。
「京ちゃん、やけに大人しいね。ウンとかスンとか、音を上げたらどうだ」
 グッドモーニングの銀ちゃんがにやにやしながら言った。
「バクチと色事は黙ってしなきゃア、意味ないよ」
 京吉はそう応酬していたが、しかし顔色は蒼白になっていた。
「――バクチは負けるほど、面白いんだ」
 半ば自分に言いきかせながら、京吉はガメっていたが、テンパイになった途端に、いつも上りパイを押えられていた。
 北北(ペーペー)の風が廻って来た時、京吉に北が二枚あった。紅中(ホンチュン)が二枚。うまく行けば、スー(四)ファンの、満貫(マンガン)に近い手で上られる。
「しめたッ!」
 と、叫びながら、京吉は投げキッスの泰助が捨てた北のパイをポンして、泰助に向って、
「チュッ!」
 と、キッスを投げた。
 その時倶楽部の会計で金を払っている若い男の革の財布が、京吉の眼にはいった。
 その財布に見覚えがある!
「あッ!」
 おれの財布だと、京吉が起ち上ろうとした途端、グッドモーニングの銀ちゃんが紅中(ホンチュン)を捨てた。
「ポン!」
 京吉は威勢よく声を掛けて、
「――これは貰わずに置くものか」
 パイを拾いながら、もう財布どころでなかったが、急に隅の方のソファに坐っていた靴磨きの娘を呼んで、何ごとか囁いた。

      二

「オー・ケー」
 娘は弾んだ声でうなずくと、いそいそとその男のうしろから祇園荘を出て行った。
「おや、邦子さん、消えちゃったね」
 グッドモーニングの銀ちゃんが言った。
「いえ、なに、ちょっと、そこまで煙草を買いに……。え、へ、へ……」
「御機嫌だね」
「絶対ですワ」
 北北(ペーペー)と紅中(ホンチュン)をポンして、四(スー)のファンのテンパイになった京吉は、もう掏摸どころではなかったのだ。
 何も娘にいいつけて、尾行させたりしなくても、一言「掏摸だ!」と騒ぎ立てれば、もうそれでよかったのだが、しかし、せっかくの満貫(マンガン)直前の気分を、そんなことでこわしたくなかったのだ。親の死目に会えぬマージャンの三昧境であった。
「五万」か「八万」のパイで上りだった。しかし、キャッキャッ団の三人はさすがに「万」パイは警戒して、自分たちの手をくずしてまで「万」パイを押えていた。だから、京吉はツモって上るよりほかに仕方がなかった。
「よしッ、ツモってみせる!」
 京吉の眼はギラギラと輝いていた。ダンスを踊らせても、玉を突かせても、マージャンを打たせても、何をやらせても、京吉は天才的な巧さを発揮したが、とくにマージャンの場合、京吉の巧さとは、いざという時には、無理なパイでもツモってみせるという闘志と勝負運の強さだった。
 そして、そんな瞬間だけ、生き甲斐を感ずるのだった。
 二十三歳という若さでありながら、何ごとにも熱中することが出来ず、倦怠した日々を送ってる京吉にとっては、日々の行動は単なる気まぐれでしかなく、たとえば、靴磨きの娘を連れての放浪や東京行きの思いつきも、マージャンで旅費を稼ごうという思いつきも、その相手にわざわざキャッキャッ団を選ぶという思いつきも、みんな、どうでもいい、気まぐれに過ぎなかったのだが、一たんパイのスリルの中にはいってしまうと、もう、それだけが京吉の青春であり、何ごとも忘れて熱中出来たのだ。
 東京行きの旅費が稼げるかどうかというようなことはもう問題ではなかった。何点すってしまうか、あとのイーチャンで取り戻せるかどうか、もし負ければ、無一文の自分には賭金が払えないが、どうすればいいだろうか――など、そんなことは、念頭にはなかった。
「五万か八万をツモってみせる!」
 これだけしか考えていなかった。
「流しちゃえよ。キャッキャッとね」
 と、投げキッスの泰助が言った。
「いや、おれツモるよ。ツモれや紫、食いつきゃ紅よ。色できたえたこのキャッキャッだ」
 京吉はそうふざけながら、しかし、表情だけはさすがに固く、パイを取って来ると、くそッと力を入れてその表を撫ぜた。

      三

 京吉はパイをツモる時に、気合を掛けるようなことはめったにしなかった。が、ここぞという一枚にだけは「くそッ!」と、声に出した。そして、そんな時は、もうどんなパイも思いのままのパイに変えてみせるという魔術使いのようなインスピレーションに憑かれており、狙いはめったに外れ
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