いる間に、章三はもうマッチを擦っていた。ダンヒルのライターには、マッチを擦った時のぽっと燃える感じがない。それがいやだという章三の気持の底には、貴子と陽子の比較があった。
魅力という点では、陽子は魅力の乏しい女だ。逆立ちしたって、貴子ほどの魅力は出て来ない。陽子がどれだけ処女の美しさに輝いていようと、高貴な上品さを漂わしていようと、教養があろうと、知性があろうと、一日一緒におれば、退屈するだろう。そう章三は観察していた。
いわば、マッチの軸のように魅力がない。しかし、その陽子にジイーッと音を立てて燃える感じがあると、章三が思うのは、軸を手に持って、スッと擦る時の残酷めいたスリルに自尊心の快感を予想するからであろう。爪楊枝がマッチの軸を焼き亡ぼしてしまうのだ。そして、そんな野心がふと恋心めいた情熱に変っているのだから、所謂男の心は公式では割り切れない。
火のついた軸から、ふと眼をはなして、章三は貴子を見た。貴子は昨夜のショートパンツではなかった。二十の娘が着るような花模様のワンピースを着ていた。エキゾチシズムからエロチシズムへ、そして日曜日の朝は、豚肉のあとの新鮮な果物のような少女趣味!
章三の頭に陽子が浮んでいなかったら、この貴子の計算も効果があったかも知れない。
「東京でキャバレエやろうという話あるんだけど……」
章三から金を出させようと思っているのだ。
「…………」
「何だか、銀座でいい場所らしいから、今夜行って見て来ようと思うんだけど……」
「誰と……?」
「ああ、お友達、来てるのよ。あとで会ってあげてね。ちょっと綺麗よ」
「それより、ゆうべ乗竹のとこへ来てた女、あれどこの女や」
「さア……」
「ここへは……?」
「はじめてでしょう。どうせ、どっかの玄人じゃないかしら」
「靴とりに来えへんのか」
「まだでしょう……?」
「乗竹は……? まだ居とるのンか」
「侯爵……? 帰ったわ、今……」
「ふーん」
「あなたは、これからどうなさる……?」
「大阪へ帰る」
「東京へ行くひまなんか……?」
「まア、ないな」
そう言いながら、章三は、こいつ乗竹を誘って行くつもりやなと、キラッと光る眼で貴子を見た。そして、新聞をひろげると、
「売邸、某侯爵邸、東京近郊……」
そんな広告が眼にとまった。
四
章三はゾッとするような凄い笑いをうかべて、
「
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