ら、陽子は茉莉がたよりであり、茉莉の死が陽子を全く孤独な気持に陥しいれたのもそのためだ。茉莉も陽子をたよっていた。
「それだのに、あたしはお通夜に行ってあげられない」
 取りかえしのつかぬ二重の想いに揺れているうちに、やがてトラックは警察署についた。

      四

 トラックから降りると、陽子はそのまま闇の女たちと一緒に、留置場へ入れられた。
 深夜の町をはだしで歩いていたというだけでも、疑われるのは無理もないと諦めていたが、しかし、警察へ行けばすぐ釈放されるだろうと、楽観もしていた。
 それだけに、留置場の狭い穴をくぐった時は、泣けもしない気持だった。身動きも出来ない狭さや、不潔さや、いやな臭気もたまらなかったが、何よりも茉莉のお通夜に行けなくなったことが、情なかった。
 それもみな、田村なぞへ行ったからだと、今更の後悔と一緒に、京吉の顔がうかんだ。
「田村はよせ、行くな!」
 と、京吉も停めたし、お通夜も気になったし、素姓をかぎつけたのを好餌にして釣ろうという春隆のワナは月並みで俗悪だったから、余りに見えすいてもいた。
 ところが、わざわざそのワナの中へ飛び込んで行ったのは、むろん春隆に口止めさせるためであった。
 京都でダンサーをしているという秘密が春隆の口から洩れて父の耳にはいれば、強引につれ戻されるおそれはあったし、それに家出生活の辛さを我慢している気持の中には、誰も自分の素姓を知らないというひそかなスリル感があった。新聞の種になってしまっては、もうつまらないし、父の政治的人気に疵がつくという心配もあった。
 一つには、京吉が命令するように停めたということへの、天邪鬼の反撥が、陽子の足を田村へ向けたのだ。
 しかしまた、それと同じ天邪鬼が、田村へ行く時間を出来るだけ伸ばして、春隆を待たせてやろうという気持を、ふと起させた。
「お願いです。誰にもおっしゃらないで……」
 と、思わず哀願したホールでの、みじめに狼狽した自分をそのまま持って行きたくなかったのだ。必ず来るという春隆の自信にも一応反撥したかったのだ。待たせる方が有利だという、女特有の本能も無意識に働いていた。
 だから陽子は十番館を出た足で、まず近くのすし常という店へわざわざ寄って行った。
 すし常の主人は変った男で、毎晩ホールへ行ってラストまで踊り、帰ってからそろそろ店をあけて、すしを握るの
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