京吉に茉莉との関係をきいたが、何でもない仲だと判ると、二三人の事務所関係の者につづいて陽子にも訊問した。
「茉莉は何でもあたしに打ち明けていましたが、死ぬような事情なぞききませんでしたわ。茉莉に死ぬような悩みがあったのでしょうか」
陽子は逆に質問した。
稼ぎ高は多かったから、生活苦でもない。男との立ち入った関係も、噂に上るようなものはなさそうだ。
警官が要領を得ずに引きあげて行くと、やがてラストのグッドナイトの曲が聴えて来た。
京吉は陽子を事務所の隅へ連れて行った。
「おれとうとう泊る所がなくなったよ。今夜泊めてくれよ」
「だめよ。あんた今夜茉莉に借り切られてるんでしょう。お通夜してあげなくちゃ……。お通夜すれば、茉莉のアパートに泊れるわよ」
「それもそうだな。じゃ、そうしよう。その代り、こんどの土曜日泊めてくれるだろう。ねえ、おれ泊る所がねえんだよ。ねえ」
子供が駄々をこねているようだった。陽子は微笑しながら、あいまいにうなずいた。
「お通夜、おれ一人じゃ心細いや。陽子もお通夜に行くんだろう……?」
「ええ。でも、あたし、ちょっと遅れるかも知れなくってよ」
「どっかへ行くのかい」
「田村」
「田村……? まさか木屋町の田村では……」
「木屋町よ」
「行っちゃいけない、田村はよせ。行くな!」
京吉はいきなり叫んだ。
十一
行くなと言われると、陽子はもう天邪鬼な女だった。理由はきかず、命令的な京吉の調子だけが、ぐっと自尊心に来て、
「あんた、あたしに命令する権利、耳かきですくう程もないわよ」
迷っていたのが、この一言できまってしまい、声も言葉づかいも、もうダンサーではなかった。
「じゃ勝手にしろ!」
と、京吉も唇を噛んだが、わざとひとり言めいて、
「――しかし、陽子も田村へ出入りするようになったのか」
「お料理屋へ行くのがいけないの……?」
校長が女教員を説教するような口きかないでよ……と、皮肉ると、京吉も口は達者で、
「うぶな女教員は、田村をただの料理屋と思ってるから可愛いいよ。――もっとも料理は出るがね。何でも出る。ボラれて足も出る。枕も二つ出る。寝巻も二つ出る。出るに出られん籠の鳥さ。ただの待合とは違うんだ」
「へえん……? よく知ってるわね」
はっとする所を、わざと露悪的に言った。
「そりゃ、知ってるさ。だって、おれ……」
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