っている。しかし、それでは坂野にも銀ちゃんにも合わす顔はないし、よしんばそんなあやまちがないとしても、二人で宿屋へ泊ったとすれば、いいわけの仕様はあるまい。
 といって、芳子を宿屋へ送って、自分ひとり雨の中を、田村へ帰って行くというのも、気の遠くなるような寂しさだった。
 だから、陽子のアパートへ二人で泊めて貰うというだしぬけに泛んだこの思いつきは、京吉の心に灯をともしたようなものだった。そして、この思いつきは、やはり二十三歳の孤独な青年の、空ッぽの頭の触感が探り当てたものだった。陽子の所だったら、芳子とのあやまちも起らず、坂野や銀ちゃんに知れてもいいわけは成り立つし、それに陽子の所で一夜を過すというのは、何か自虐的な快感だった。
 陽子は昨夜誘惑されたのだ――と、京吉は信じ込んでいた。その陽子の所へ、女を連れて泊りに行く――これは陽子へ投げつける京吉の一種の軽蔑であり、悔恨のようなものだ。
「どんな顔をするか、おれ見てやりたいや」
 と、京吉はふと眉をひそめて呟きながら、女と二人で行けば陽子も泊めてくれるだろうし、おれも正々堂々と泊まれると、もう芳子をだしにする考えが、足を速めた。
「どこへ行くの……?」
「おれの知ってる女の所だよ」
「女の……?」
 と、芳子は横なぐりの雨に、ひやりと首筋を打たれた。
「ほかに泊るところねえや。ねえ、芳ッちゃん、いいだろう、アベックで泊めて貰おうよ」
 アベックで――という言葉に芳子は微笑して、
「泊って……それから……明日はどうするの……?」
 ふと甘ったれた声を、京吉は、
「おれ知るもんか。明日は明日の風が吹くよ」
 と、突っ放して、やがて陽子のアパートを探して歩いた。やっと見つかり、陽子の部屋をたたいた。
「陽子、おれだよ。おれ泊るところねえんだよ。泊めてくれよ」
 部屋の中では、夜具の上へはっと起き上ったらしい陽子の気配があった。

      五

 陽子はぐったりと疲れて、眠っていたのだ。昨夜一晩十番館のホールで踊って、クタクタになったその足で乗竹侯爵に会いに木屋町の田村へ行き、挑まれてはだしで逃げ出し、闇の女と間違えられて、留置され、夜通し眠れなかった。おまけに、釈放されると、すぐ警察の草履を借りて清閑荘に会いに行き、その帰りは茉莉のアパートへ顔を出し、千葉の田舎から出て来た茉莉の肉親を慰めたり、葬儀の相談をしたり
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