口説いたんだよ」
「いやいやねえ……?」
「はい。いやいや口説きました。孕みました。キャッキャッですワ。人妻ですワ。亭主にアコーディオン弾きを持つぐらいの女だから、アコーディオンみたいにすぐ腹のところがふくれやがる」
 銀ちゃんがそう言った途端京吉はおやっとパイから手を離した。

      四

「だけど、銀ちゃん、それ、本当にあんたの子なの……? 坂……」
 野の子じゃないか……と、京吉はうっかり坂野の名を口にしかけたが、あわてて、いえさ、亭主の子かも知れないぜ――と、言い直した。
「余計なお世話だい。女はおれの子だと言ってるんだ。まさか、亭主の子だとは突っ放せまい。おれもグッドモーニングの銀ちゃんだ」
 ひょんな所で、グッドモーニングの銀ちゃんを利かせたが、もともと銀ちゃんは京極の盛り場では、本名の元橋で知られた相当な与太者であった。しかし、銀ちゃんは今では元橋という名を捨てて掛っている。与太者としての顔を、敗戦後のどさくさまぎれの世相の中で利かすことをむしろ軽蔑し、わざとグッドモーニングの銀ちゃんなどという安っぽい綽名を作って、自嘲しているのだった。
 銀ちゃんにいわせると、与太者というものは、結局バクチ打ちで、女たらしで、宵越しの金を持たぬ、うらぶれた人種だというのである。ところが、銀ちゃんの仲間の多くは、闇市のボスになり、キャバレーと特殊関係を作り、またたく間に産をなして、もはや宵を越さずに使おうと思えば四十万円、百万円の別荘を買うよりほかに方法がない。げんに買った連中がいる。
 敗戦当時、彼らはよれよれの国民服に下駄ばきだった。しかし、半月ばかりすると、彼等は靴をはいていた。五日たつと、ジャンパーを着ていた。三日たつと、りゅうとした背広を着て、革の鞄をさげていた。間もなく髭をはやし、目もさめるような美人を連れてホールで踊っていた。そして、ついに別荘を買ったのである。ところが銀ちゃんは、
「与太者が企業家になって、別荘を買うとは何たるキャッキャッの世の中だ。別荘から出て来たと思ったら、もう別荘を買ってやがる」
 と、言いながら、一日一日影うすく落ちぶれて行って、子分も投げキッスの泰助と原子爆弾の五六ちゃんの二人っきり、わけのわからぬキャッキャッ団を作って、
「――与太者はバクチで稼げばいいんだ」
 マージャンクラブに出没していたが、大したカモも掛らず、宵
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