かし、せっかくの満貫(マンガン)直前の気分を、そんなことでこわしたくなかったのだ。親の死目に会えぬマージャンの三昧境であった。
「五万」か「八万」のパイで上りだった。しかし、キャッキャッ団の三人はさすがに「万」パイは警戒して、自分たちの手をくずしてまで「万」パイを押えていた。だから、京吉はツモって上るよりほかに仕方がなかった。
「よしッ、ツモってみせる!」
京吉の眼はギラギラと輝いていた。ダンスを踊らせても、玉を突かせても、マージャンを打たせても、何をやらせても、京吉は天才的な巧さを発揮したが、とくにマージャンの場合、京吉の巧さとは、いざという時には、無理なパイでもツモってみせるという闘志と勝負運の強さだった。
そして、そんな瞬間だけ、生き甲斐を感ずるのだった。
二十三歳という若さでありながら、何ごとにも熱中することが出来ず、倦怠した日々を送ってる京吉にとっては、日々の行動は単なる気まぐれでしかなく、たとえば、靴磨きの娘を連れての放浪や東京行きの思いつきも、マージャンで旅費を稼ごうという思いつきも、その相手にわざわざキャッキャッ団を選ぶという思いつきも、みんな、どうでもいい、気まぐれに過ぎなかったのだが、一たんパイのスリルの中にはいってしまうと、もう、それだけが京吉の青春であり、何ごとも忘れて熱中出来たのだ。
東京行きの旅費が稼げるかどうかというようなことはもう問題ではなかった。何点すってしまうか、あとのイーチャンで取り戻せるかどうか、もし負ければ、無一文の自分には賭金が払えないが、どうすればいいだろうか――など、そんなことは、念頭にはなかった。
「五万か八万をツモってみせる!」
これだけしか考えていなかった。
「流しちゃえよ。キャッキャッとね」
と、投げキッスの泰助が言った。
「いや、おれツモるよ。ツモれや紫、食いつきゃ紅よ。色できたえたこのキャッキャッだ」
京吉はそうふざけながら、しかし、表情だけはさすがに固く、パイを取って来ると、くそッと力を入れてその表を撫ぜた。
三
京吉はパイをツモる時に、気合を掛けるようなことはめったにしなかった。が、ここぞという一枚にだけは「くそッ!」と、声に出した。そして、そんな時は、もうどんなパイも思いのままのパイに変えてみせるという魔術使いのようなインスピレーションに憑かれており、狙いはめったに外れ
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