かし、それが何であるかは、陽子には判らない。
「侮辱なんか僕はした覚えはない」
 木崎はぽつりといった。
「――あなたは勘違いしているんだ」
「じゃ、どうしてあんなことをおっしゃるんです」
「…………」
「あなたは、なぜダンサーという職業を軽蔑されますの……?」
「軽蔑はしていない。しかし、もし軽蔑しているように聴えたとしたら、それは……」
 僕があなたを好いているためだ――といいかけた時、天井から蜘蛛がするすると陽子の頭の方へ降りて来た。
 木崎はいきなり手を伸ばして、蜘蛛を払おうとした。
 陽子はぎくっと身を引いた。
「蜘蛛です」
 木崎はひきつったように笑い、もう、陽子を好きだということは思い止った。
 女たらしになってやろうか――などという心にもない思いつきは、女を軽蔑する最も簡単な方法だったが、しかし、そんな思いつきの中にも、陽子だけは、たらしたくないという気持はあったのだ。
 そんな木崎の気持は、陽子にすぐ通じたのか、もう陽子の声も安心したように落ちついて、
「木崎さん、わたくしの願いをきいていただけます……?」
「ききましょう」
 木崎はもう素直な声だった。それがどんな願いであろうと、もう陽子にはその願いをききとどけてやることが、木崎のせめてもの愛情の表現であった。触れたいということのない愛情であった。
「実は……」
 と、陽子もチマ子のことづけを伝えて、
「――警察へそういって助けてやっていただけます……?」
 木崎はだまって、うなずいた。やがて陽子は起ち上った。
「おや、もう……」
 帰るんですかと、木崎の顔には瞬間さびしい翳が走った。
「いずれまた……」
 陽子は階段を降りて行きながら何かしらもう一度このアパートへやって来ることがありそうな気持に、ふっとゆすぶられていた。


    キャッキャッ団

      一

「間抜けたポリ的(巡査)もあったもんだ。おれを樋口だと思いやがるんだよ。円山公園感じ悪いよ。うっかり女の子連れて歩くと、ひでえ眼に会う」
 祇園花見小路のマージャン倶楽部「祇園荘」で、パイを並べながら、言っていた京吉もやがて鉛のように黙り込んでしまった。
 相手はグッドモーニングの銀ちゃん、投げキッスの泰助、原子爆弾の五六ちゃん――この三人は、マージャン倶楽部専門の不良団で、キャッキャッ団と称し、いつも三人一組で市中のマージャン倶
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