これからはもう自分の天下だ、弟子もふえるだろう、いや門前市をなすかも知れないと、彼は喜んだ。
ところがそのコンクールはかえって「津路の稽古はきびし過ぎる、あんな稽古をやられては助からぬ」というこれまでの悪評に、ますます拍車を掛けるような結果になった。誰も彼も庄之助の熟を敬遠した。そして弟子は減る一方で、塾はさびれ、彼の暮しは一層みじめなものになった。
そこで彼は、土地の軍楽隊に籍を置いたり、けちな管弦楽団の臨時雇の指揮をしたりして、口を糊《のり》しながら、娘の寿子を殆ど唯一人の弟子にして「津路式教授法」のせめてものはけ口を、幼い寿子に見出して来たのであった。
ところが、今日、寿子が弾いた「チゴイネルヴァイゼン」の素晴しさは、庄之助を驚かせた。それは天才的な閃きといってもいい位であった。
「こりゃ、もしかしたら大物になるかも知れないぞ」
と彼は思った。すると、元来熱狂し易い彼は、寿子を大物にするために、すべてを犠牲にしようと思った。
彼はヴァイオリン弾きとしての自分の恵まれぬ境遇を振りかえってみた。そして、自分の音楽への情熱と夢を、娘の寿子によって表現しようと、決心したのである
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