が生活のすべてを犠牲にして来たことが無意味になるではないか、という気持もあった。彼はただ現在の寿子を、自分の音楽への情熱の化身と思いたかったのである。
 しかし、こんな庄之助の言い方は、相手を気まずい気持にさせた。おまけに、相手が寿子の演奏会やレコード吹き込みの話を持ち出すと、庄之助は自分から演奏料の金額を言い出して、
「鐚一文かけても御免蒙りましょう」
 と、一歩も譲らなかった。
 それは、一少女の演奏料としては、相手を呆れさせる、というより、むしろ怒らせるに足る程の莫大な金額であった。
 しかし、その金額や、その一歩も譲らない態度は、庄之助自身を不遇な音楽的境遇に陥れた楽壇への復讐であった。
 そしてまた、楽壇の腐敗した空気に対する挑戦でもあった。かつての音楽家はつねにマネージャーやレコード会社の社員の言いなりになり、誇張していえば、餌食になっていた。音楽家はそれらの人々の私腹を肥すことに努力することによって、辛うじて演奏にありついて来たのである。
 ところが、相手はそんな庄之助を見て、あっけに取られてしまった。
「さすが大阪の奴は、金のことにかけると汚いわい」
 と、思ってみたり
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