けて、これこそ当代の文学なりと、同憂の士が集ってわいわい騒ぐことだけはまず避けたのである。
なるほど、私たちの年代の者が、故郷故郷となつかしがるのはいかにも年寄じみて見えるだろう。けれど、思想のお化けの数が新造語の数ほどあって、しかも、どれをも信じまいとする心理主義から来る不安を、深刻がることを、若き知識人の特権だと思っているような東京に三年も居れば、いい加減、故郷の感覚がなつかしくなって来る筈だ。なつかしくなれば、さっさと東京をはなれると良い。何も東京にいなければ、文学生活がやれぬわけでも、文学の志が達せられぬわけでもあるまい。私はそう思ったのだ。谷崎潤一郎氏も既に十年前にこのことを言っておられる。すなわち、「東京をおもう」というエッセイの最後の章がそれだ。
「……終りに臨んで、私は中央公論の読者諸君に申しあげたい。(中略)諸君は、小説家やジャーナリストの筆先に迷って徒らに帝都の美に憧れてはならない。われわれの国の固有の伝統と文明とは、東京よりも却って諸君の郷土に於て発見される。東京にあるものは、根柢の浅い外来の文化と、たかだか三百年来の江戸趣味の残滓に過ぎない。(中略)大体われ/
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