いと判っても、悲しい顔もせず、その女が小説に書けるかどうか一寸考えるだけである。書けそうでも書いたためしはない。書くほどの熱も起らないし、まして最後の一夜を共にしようという気も起らない。そんな宿屋を探すくらいなら、闇市の煙草を探したいのだ。再び会えない女とよりも、百本の煙草と共に夜を過したいのである。別れぎわの女は暗がりを歩きたがる。そして急に立ち停る。女が何を要求しているか私には判るのだが、しかし私は肩にすら触れない。
思えば、最初に女と別れた時の取り乱し方と、何という違いだろう。しかし取り乱しても、さすがに私は煙草だけは吸うことを忘れなかったのだ。どんな悲哀も倦怠も私から煙草を奪い上げることは出来なかったのだ。いや、どんなに救われない状態でも、煙草だけが私を慰めたのだ。
一日四十本以上吸うのは、絶対のニコチン中毒だということだが、私の喫煙量は高等学校時代に、既にその限界を超えてしまったのだ。
私は一本のマッチがあれば、つねに五本の煙草を吸うことが出来た。もう、こうなれば眼がさめた時がうまいとか、食事のあとがどうとかいうようなことを考えている余裕はない。
私はかつて薬の効能
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