かれ、用事のあるなしにつけ千日前へ出るたびにこの寺にはいって、地蔵の前をぶらぶらうろうろした。そしてある日、遂に地蔵の胸に水を掛け水を掛け、たわしで洗い洗いしている洋装の女を見つけた。ふと顔を見ると、それが「亀さん」だったのである。
父親のこのみで彼女はむかし絶対に洋装をしなかったのであるが、いまは夏であるから彼女も洋装していた。察しのつく通りアッパッパで、それも黒門市場などで行商人が道端にひろげて売っているつるつるのポプリンの布地だった。なお黒いセルロイドのバンドをしめていた。いかにも町の女房めいて見えた。胸を洗っているところを見ると、肺を病んでいるのだろうか、痩せて骨が目立ち、顔色も蒼ざめていた。「亀さん」は私の顔を見ると、えらいとこ見られたと大袈裟にいった。そして、こんどの土用丑には子供の虫封じのまじないをここでしてもらいまんねんというのであった。私はただ「亀さん」の亭主がまかり間違っても白いダブルの背広に赤いネクタイ、胸に青いハンカチ、そしてリーゼント型に髪をわけたような男でないことをしきりに祈りながら、赤い煉瓦づくりの自安寺の裏門を出ると、何とそこは「いろは牛肉店」の横丁で
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